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月別アーカイブ: 2026年1月

VIVA DaD日誌~“新しい農の姿”~

皆さんこんにちは!

宮崎市郡司分できゅうりを育てている農家の

VIVA DaD、更新担当の中西です!

 

~“新しい農の姿”~

 

戦後復興を経て、日本は高度経済成長期へ入ります。工場が増え、都市に人が集まり、生活が豊かになる一方で、農村と農家の姿も大きく変わりました。🏙️🌾
この時代の農家の歴史は、“手作業中心の農”から“機械と経営の農”へ変わる大転換期です。✨


1)機械化:農家の働き方を変えた🚜💨

昔の農作業は、人力と牛馬が中心でした。田植え、草取り、稲刈り、脱穀…。どれも時間と体力を必要とし、家族総出で行うのが当たり前。😅
しかし、農業機械の普及が農家の働き方を大きく変えます。

  • 耕運機で耕す🚜

  • 田植機で植える🌱

  • コンバインで刈って脱穀まで一気に🌾
    こうした機械化により、作業時間が短縮され、労働負担が減り、生産性が上がりました。📈✨
    同時に、機械導入には資金が必要で、農家は“投資”と向き合うようになります。農は労働だけでなく、経営の視点が欠かせなくなったのです。💴🧠


2)兼業化:農家は“二つの仕事”を持つ時代へ👨‍👩‍👧‍👦💼

都市の工場や会社で働く機会が増えると、農家の多くは兼業化します。
平日は会社勤め、休日や朝夕に農作業。🌞🌙
このスタイルは、農家の収入を安定させる一方、農業の担い手不足や高齢化につながる側面もありました。
それでも兼業農家は、土地を守り、村の水管理や共同作業を支え続けた重要な存在です。🌾🤝

農家の歴史を語るとき、“専業か兼業か”だけで優劣はつけられません。
それぞれの家庭が、その時代の条件の中で最善を選び、農を続けてきた。そこに農家の現実と粘り強さがあります。😊✨


3)流通の変化:市場・JA・スーパーの時代📦🛒

高度経済成長期以降、流通の仕組みも変わります。
以前は地域での物々交換や地元市場が中心だったものが、JAの集荷や中央市場、そしてスーパーの流通網へ。🚚
これにより、遠方の都市へ大量に農産物を届けられるようになりました。
一方で、規格や品質基準が厳しくなり、農家は“見た目”や“揃い”にも対応する必要が増えます。📏🥬

「味は良いのに形が少し違う」
そんな農産物が評価されにくい現実も生まれました。
それでも農家は、消費者の求める形に合わせ、栽培技術を磨き続けます。これは農家の歴史の中でも“市場対応力”が鍛えられた時代です。💪✨


4)農村の変化:人が減る、でも守る🏘️🌿

都市化が進むほど、農村から若者が減り、高齢化が進みます。
集落の共同作業が難しくなり、田んぼを維持できなくなる地域も出てきます。
それでも、多くの農家は「土地を守りたい」「先祖代々の田畑を荒らしたくない」という想いで踏ん張りました。🌾🙏

農家の歴史には、単なる生産活動だけでなく、土地と地域を守る使命感があります。
田んぼや畑は食料を生む場所であり、洪水を防ぎ、景観を守り、生態系を支える役割も持っています。🌊🦋
農家はその“多面的な価値”を支える存在でもあるのです。🌿✨


この時代、農家は“働き方と経営”を変えながら農を守った🚜🌾

機械化、兼業化、流通革命、農村の人口変化。
高度経済成長期以降の農家の歴史は、“変わらないために変わる”努力の歴史です。
次回は、現代の農家が直面する課題と、これからの農の未来、そして新しい価値づくりについてお届けします。🌱🚀

VIVA DaD日誌~明治〜戦後の農家の歴史~

皆さんこんにちは!

宮崎市郡司分できゅうりを育てている農家の

VIVA DaD、更新担当の中西です!

 

~明治〜戦後の農家の歴史~

 

江戸時代までの農家は、村の共同体の中で土地を耕し、年貢を納め、自然と共に暮らしてきました。
しかし明治以降、日本は急速に近代国家へと変化します。産業が発展し、都市が拡大し、戦争と復興を経験する中で、農家の暮らしも大きく揺れ動きました。️
農家の歴史は、この近代の激動の中で“耐え、変わり、次へつなぐ”ことの連続だったのです。✨


1)明治の地租改正:税が“米”から“お金”へ

明治政府は近代国家を作るために、税制度を整えます。その大きな転換点が地租改正です。
これにより、農民は年貢として米を納めるのではなく、土地の価値に応じて“お金”で税を納める仕組みになります。
一見合理的ですが、農家にとっては大きな負担でもありました。凶作で米が取れなくても税は一定。現金が必要になり、農家は換金作物を増やしたり、副業に力を入れたりしながら暮らしを支えます。

この時代、農村には貧富の差も生まれやすくなり、地主と小作人の関係が強まる地域も多くありました。
農家の歴史は、土地をめぐる苦労とともに進んでいきます。


2)大正〜昭和初期:農村不況と暮らしの厳しさ

大正から昭和初期にかけて、農村はたびたび不況の波を受けます。米価の変動、世界恐慌の影響、自然災害…。
農家は収入が不安定で、生活は決して楽ではありませんでした。
それでも農家は、肥料を工夫し、作付けを変え、家族総出で働き、何とか暮らしを守ります。

この時期の農家は、農業だけでなく、

  • 養蚕(絹)

  • 織物

  • 炭焼き

  • 出稼ぎ
    など、地域の条件に合わせた生業で生活を成り立たせました。
    農家の歴史は“複数の柱”で暮らしを維持する知恵に満ちています。✨


3)戦中〜戦後:食糧不足と“食を支える使命”

戦争が激化すると、農家は食糧増産の役割を担わされます。
農地は重要な生産基盤となり、農家は厳しい統制の中で作物を作り、供出を求められます。
戦後もすぐに食糧不足が続き、農家は社会を支える存在でした。
都市では食べ物が足りず、農村からの作物が命綱になる。
「農家が作るものが、人を生かす」
この時代ほど、その意味が重かった時期はありません。

サツマイモ、カボチャ、雑穀…手に入るものを作り、命をつなぐ。
農家の歴史には、派手な成功物語だけでなく、“生き抜く力”が刻まれています。✨


4)農地改革:農家の立場を変えた大転換点

戦後の大きな転換点が農地改革です。
地主制度のもとで苦労していた小作農が土地を持てるようになり、自作農が増えていきます。
これは農家にとって「自分の土地を耕す」という誇りと安定につながりました。✨
もちろん地域によって状況はさまざまですが、農家の歴史の中でも非常に重要な節目です。

土地を持つことで、

  • 作付けの自由度が増える

  • 労働の成果が直接生活に反映される

  • 家族の未来を描きやすくなる
    こうした変化が起こり、農村社会のあり方も変わっていきました。


近代の農家は“変化の波”を受け止め続けた

明治の制度改革、不況、戦争、食糧不足、そして農地改革。
農家の歴史は、時代の大きな波に翻弄されながらも、土地を守り、食を守り、家族を守るために努力し続けた歴史です。

VIVA DaD日誌~“日本の暮らしの歴史”~

皆さんこんにちは!

宮崎市郡司分できゅうりを育てている農家の

VIVA DaD、更新担当の中西です!

 

~“日本の暮らしの歴史”~

 

「農家の歴史」と聞くと、古い時代の話、教科書の中の出来事のように感じる人もいるかもしれません。けれど実は、農家の歴史は“過去の話”ではなく、いま私たちが食べているごはん🍚、味噌汁🥣、野菜🥬、果物🍎…すべてにつながる、生きた歴史です。
農家が田畑を耕し、作物を育て、季節を読み、集落で支え合い、時代の変化に適応してきた積み重ねが、今日の日本の暮らしを形づくってきました。🌿✨


1)農の始まり:狩猟採集から“育てる暮らし”へ🗿🌱

人類の歴史で見ても、「農耕の開始」は革命的な出来事でした。食べ物を探して移動する生活から、土地に根ざして“育てる”生活へ。🌍
日本でも、縄文時代には木の実や狩猟・漁労中心の暮らしがありましたが、やがて稲作が伝わり、弥生時代に入るころには本格的な農耕社会へ移っていきます。🌾
稲作の定着は、村の形成、共同作業、治水、土地の管理といった社会の枠組みを生み出しました。つまり、農家の原点は“共同体づくり”でもあったのです。🤝✨

稲作は特に、水の管理が重要です。水路を掘り、堰を設け、田に水を引き入れ、適切な時期に落水する。🌊
この“水をめぐる知恵と協力”が、地域の結束を強め、村のルールや祭り、慣習にもつながっていきました。🎎


2)古代〜中世:税としての米、そして農民の暮らし🍚📜

古代の日本では、稲作によって得られる米は“食べ物”であると同時に“政治の基盤”でした。
律令制度のもとでは、税(租庸調)として米を納める仕組みが整い、農民の労働は国家を支える重要な力になります。🏛️
同時に、農家にとっては「作って終わり」ではなく、「納めて、残りで暮らす」という現実がありました。🌾😢

中世になると、荘園制度や武士の台頭などで土地の支配構造が複雑になり、農民は年貢を納めながら生活を維持します。
農具も少しずつ進化し、牛馬の利用や、鉄の道具の普及で耕作効率が高まる一方、災害・飢饉・戦乱に巻き込まれることも多かった時代です。🌪️⚔️

それでも農家は、土地と季節に向き合い続けました。
「春に種をまき、夏に草を取り、秋に収穫し、冬に備える」
この循環の中で培われた農家の知恵は、今の農業にも通じる普遍の土台です。🌱🍂


3)江戸時代:農村の成熟と“百姓”の文化🌾🏘️

江戸時代は、農村社会が成熟した時代でもあります。
藩の石高制度により米の生産量が重視され、治水や新田開発が進みました。🚜(当時はもちろん機械ではありませんが、農地拡大のイメージです😊)

また、農家は米だけでなく、麦・雑穀・野菜・綿・藍などの作物も育て、地域ごとの特色ある農業が発展していきます。🥬🌾🧵
農閑期には副業(養蚕、織物、木工、酒造りなど)を行う家も多く、農家は“複合的な生業”として暮らしを成り立たせていました。🧺✨

この時代、農民(百姓)たちは厳しい年貢に苦しみながらも、祭りや芸能、民話、生活の知恵を育み、農村文化を形づくります。🎐🎶
田植え歌、盆踊り、収穫祭など、農作業と結びついた文化は今も各地に残っています。
つまり農家の歴史は、労働の歴史であると同時に、文化の歴史でもあるのです。🌸


4)農家の歴史が教えてくれる“当たり前の重み”🍚🙏

現代の私たちは、スーパーに行けば食材が並び、外食もでき、食べ物が手に入りやすい時代を生きています。🍱
でも、その当たり前の背景には、何千年にもわたり土地を耕し続けた農家の歴史があります。🌾✨
天候に振り回されても、害虫に悩まされても、収穫が少なくても、農家は次の季節に向けてまた土を起こしてきました。

そしてそれは、単に「食べ物を作る」だけではなく、村を守り、家族を守り、地域の水や森を守り、文化をつないできた歴史でもあります。🏡🌲


農家の歴史は、日本人の暮らしの“背骨”🌾✨

稲作の始まりから、村の形成、年貢と暮らし、農村文化の成熟まで。
農家の歴史は、食と生活の歴史そのものです🌱